赤(灰とひろ)

幸い彼は部下思いだった。ノーマンとは違う。そう、思う。


死んだよ、と 叶の低い、いかにも低血圧そうな声に、振り向くことをした。ええ?、と、わけがわからないような顔を、灰はする。
「死にましたよ」
先ほど聞こえた声とはひとつちがう、敬う言い方を、叶は灰にした。なにも、わらわない。視線はいつまでたっても空を漂っているのだ。
「誰が」
「あいつ」
叶は名を言わない。元々言う事をしない。囚われたくないだとか、記号だとか、執着したくないだとか、思っているのだろうか? 灰は直接思わないで、もう一度叶を見た。誰が、と言う。

「まきえ」
「牧江、ひろ」

続けて、そう、叶は名を口にした。
いかにもらしく、すうっと頭が引くような思いを、灰はする。血の気が、引いていってしまうような。そんな思い。


大丈夫だと言った
寝ていないと言った
「あのひとを
「かえして」
あの子どもは、ひどく熱い瞼で、そう言った。
叶の言葉に一瞬にして思い出すその、ひろの言葉と、表現と、表情と、温度に、自分はなんだか泣きたくなる。幸い自分は部下思いだ。いくら人を嬲ったとしても、親愛なる部下達がいともたやすく死んでしまえば、こうやって眼がつんざき、痛いほどに熱を抱く。
じんわりと広がる、薄い膜に、視界がゆっくりとぼやけていくのが分かる。泣いているのだと気付くまでに、そう時間は掛からなくて、それはきっと泣く事になれているからだろうと 同じタイミングでしずかに思った。


「灰さん」
めずらしい呼びかけに、灰はぼんやりと、うつろな顔をあげた。

「死ぬとは思っていませんでした」
ただ、いなくなられることを前提として、僕は生きてきたので


うつろな眼は俺とは変わりない。むしろ彼の方が慣れきっている。
そうやね、と口にしてしまえば、それはいとも簡単に、声になるので。自分は何も言わない。言わず、
灰は叶をじっと見つめた。