夏目が言う。

「梶さんは、」

梶は何事も無かったかのように夏目のほうを向き、「何だ」と言った。夏目の手が少しだけ握られ、汗ばむのが自身で分かる。
「死体が怖くないのですか、」無意識に目を瞑っていた。
そのせいで梶の表情は見えないでいる。それが夏目にしてみれば不幸中の幸いだったのかもしれない。
今だ梶は夏目を見ていてその眼球に被せられた瞼に、大山の言葉を思い出していた。

「あまり夏目を虐めるでないよ」大山は笑って言うのだ。そう言う大山を横目で見ながら自分も「虐めてはない」と苦笑して言った。

それを今、思い出す。
夏目の瞼を見て。自嘲的に笑み、やはり俺は夏目を虐めたいのだ、と思った。

「夏目、」
びくりと夏目の体が揺れる。短く切られた髪の毛が揺れることはなかったが。
「は」
はい、と何故か擦れかけた声が出、夏目自身も驚いている。それを直すかのように一度咳み、再度「はい」と緩く返事をした。

「俺が怖いのか、」

――我ながら、馬鹿げた事を聞く

先ほどしたような、自嘲する顔で、にやりと笑った。夏目はまだ目を瞑っている。意識的にだろう。
彼女が俺を恐れているのは誰が見ても分かるではないか。わざわざ聞くのは阿呆かと思う。

「夏目よ、」
俺が怖いか、

透き通るような声で聞いた。一瞬誰の声か、夏目には分からなく薄く閉じていた目を、はっ、と開けた。梶しかいない。目の前の梶しかいないのは何十分前から知っているのに。梶は笑っている。夏目はいつものような八の字に下げた眉ではなく、勇敢な顔で、
「いえ」
と言った。
声は上擦っていない。
“それ”が梶に身震いするような感覚を与える。夏目のように揺れてはいなかったが確かに梶は身震いしていた。そしてすぐに、
―なんて
と思った。
彼女はいい女だとおもう。俺には勿体無いぐらいだが、手に入れたい。

梶がそう思っているのも露知らず、何故そんな事を、と夏目は呟くように言った。ごく小さく「え」と発した。夏目には聞こえないぐらいの小さな声だった。言いながら梶は夏目に焦点を合わす。
「何がだ」
「え?」
話を聞いていないかのように夏目の返事を待つ梶を少し呆然としながら見て「梶さんが恐いとか、なぜそんな事を聞かれるんですか」と言った。
夏目の目には梶が映っている。

彼は見たこともないような顔で微笑んでいた。