イツカはただ、それがどうやって動いているのか一度確かめてみたかっただけなのだ。
びくりとも動かない”それ”の胸に綺麗にナイフで線を入れてみれば、ぶく、と細かい赤の泡が湧き出てきて、それを押しのけるように手のひらを中に入れていった。後ろにトイが立つ。何してるんですか、小さく言う。振り返ってその子を見ると少しだけ嫌そうな顔をしていることにイツカは気づいた。捜してる、そう言う。何を?、トイが首も傾げずに聞くのが可笑しかった。
「心臓」
心臓、?、聞き返すとイツカは、うん、とまた目線を”それ”に戻した。トイは後退ることも前に出ることもしない。「どうして心臓をさがしてるの?」「アレが止まれば人は物になるから」一体どういうものなのか、眼に入れたくて。イツカの言い分にトイはそれこそ首を傾げた。イツカには見えなかったが、微かに傾ける。そんなもの、見てどうするんだろう。別に何ない、ただの塊なのに。「普通ですよ、」「何が?」「心臓」
トイはいつの日か父親にイツカが見たがっている”それ”を見せられたことを思い出した。まだ、人間についているままの心臓。生きた人の表面を割って、見せられる。敏感に動く”それ”。かたまりだ。トイはそう思った。
「帰りませんか、」
トイが言う。振り返らないイツカ。帰ろうよ、もう一度言った。振り向く、彼。
「帰りたいの?」
うん、言うけれど頷かない。イツカのくせのある髪に返り血がついていて、それがなんだかとてもべたつく。イツカはトイを見上げた。一度だけ見上げて、また視線は元に戻した。けれど、と言う。「帰る家なんか、お前にあったっけ」

「…あるよ」
「遠いところにね」
「うん」

あの山の奥に、君の家は確かにあるね。そう言おうとしたが、肌にひっついている血がカサリとして、やめた。立ち上がる。顔を見た。トイ、とイツカはこの少女を呼ぶ。手を取り、繋ぐと、血が柔らかくなった。